[翻譯] 少年マンガ論
少年マンガ論 <少年漫畫論>
...
「バトルもの」マンガにおいて、主人公たちはなぜ戦うのか?結論を言う。
在格鬥漫畫中的主人公們究竟為何而戰?從結論說起-
その「戦い」に、実は意味はない。
這個「戰鬥」,其實並沒有任何意義。
そもそも、少年ジャンプの編集方針「友情 努力 勝利」というものの2後
者は戦いの場でしか得られないものである。おそらく読者の少年たち(そして
すでに成人した者でさえ)があこがれるのは、ただ「戦い」に対してなのだ。
それを「主人公の活躍」と表記してもいい。だが「主人公の活躍」の意味内
容とはすなわち、「戦い」に勝利することなのだ。
原本少年JUMP編輯的方針「友情、努力、勝利」-後兩樣,只能在對戰的場合
中獲得。恐怕少年-或甚至已成人的讀者們所憧憬的,只是對於能夠「戰鬥」本
身這件事。你也可將它看成主角活躍的一個象徵。換言之「主角的活躍」即意味
著對戰鬥的勝利。
ただ「戦い」だけが要請される。「なぜ」戦うかは執拗に問うべきではない
なぜなら、主人公に代わって戦いたい私たちの、戦うための内心の理由とは、
単なる攻撃性の昇華、カタルシスにすぎないかもしれないからだ。
但是只有一件事,請不要執拗的去問「為什麼而戰」。因為想代替主人公戰鬥
的我們,在內心深處的理由說不定只是一種攻撃性的感情昇華罷了。
攻撃性への誘惑、それはもう、男女問わず秘めたる想いだ。少年マンガは、
そんな我々の内なる願望を、「完全悪」という名の大義名分によって無害化し
てくれる素晴らしいものだ。勝利ほど甘美なものはない。「勝つ」ことは、驚
くほど人間を充たし、優越感を補完してくる。
對於攻擊性的誘惑,這已是不論男女皆隱藏起的想望。少年漫畫以對抗「完全
惡」的大義為名,將我們內在的願望無害化,是多麼的厲害阿!不是如同勝利般
甜美的果實,光是「戰勝」一事便驚人的滿足了人類和優越感。
少年マンガに置いて、理由なき戦いが説明されぬまま反復されるのは周知の
ことであるし、マンガというものが作品であると同時に消費される商品である
ということを考えれば、需要に対する供給、の結果としか言いようがない。
少年漫畫中不斷反覆著沒有理由戰鬥是眾所皆知的事。但若從 "漫畫在身為作
品的同時也是一件被消費的商品" 這種角度來思考,這樣的結果也只能說是「對
需求所產生的供給」吧。
戦いを求めて止まない読者が存在する、ということがすでに「戦う理由」な
のだと思う。
只要渴望戰鬥的讀者存在,本身便足已是這個「戰鬥」的理由了。
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覺得不是很通順 ^^;
請多指教~~
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※ 編輯: c12680000 來自: 118.160.180.171 (07/28 23:03)
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